簡潔で、でも、薄くない文章を目指して書いてます。<???




 あのインパクトの日に全ては終った。
 賢しくも愚かな反逆者たちの、憐れな試みは。
 沢山のものを巻き込んで、何もかも終ってしまった。

 世界は真っ赤になって、一つになってからバラバラに別たれた。
 その後どうなったのかなんて知らないけれど、気が付けば前と変わらない空が僕の頭上にあった。
 蒼くて遠くて、寂しい空がね。

 何故だか泣きそうな気分になって辺りを見回したら、やっぱり何も変わらない街並みが広がってるんだ。
 使徒に蹂躙された筈の、懐かしいそれらが。
 今までのが全部嘘っぱちだって、全身で主張してるみたいな…そんなのが。

 でも…僕は知ってる。

 目に焼き付いているのは、今でも忘れられないのは…ただ、血のような紅い景色。
 それを見たものはゆっくりと狂って、壊れていくのさ。

 こんな真っ赤な──ブラッド・サイトをね。



Blood Sight "W"
話 ”紅い光景”




 「そしてこれが答えなんだね。僕の、答えなんだね」


 どちらかと言えば、彼は孤独な部類に位置するだろう。
 こんなにも広い街の、それなりにざわめいている雑踏の中、誰からも注視されずに佇んでいるのだから。
 むしろ誰からも見られて、誰からも気にされる方が相応しいのに。
 そうなるのが当然なくらい、彼は奇妙で綺麗だったのに。

 彼は真っ白だった。
 肌も、髪も、瞳の色ですら薄い銀色をしていた。
 これだけ真っ白な上に、服装も嫌味なくらいに白かった。
 周りと比べても、凡そ普通とは言いがたいローブのようなものを身につけている。
 コスプレと思われても文句は言えまいが、思わず唸ってしまうほどに似合っている辺りが何とも嫌味たらしい。

 普通に考えれば、彼ほど目立つ人物もいないだろう。
 しかし、彼の周りの人間の誰もそのことに気がついていない。
 どう考えても異常な筈なのに、そこに最初から誰もいないかのように、すり抜けていくのだ。
 ただ、何気無く障害物を避けるように、そこに巨大な岩でもあるかのように、大通りの中心にぽっかりと穴が空いた。

 夕暮れ時の紅い日差しが何故か鮮烈で、彼の──少年の頬を茜に染めている。
 とてもとても美しすぎて、一目見るだけで泣きたいほど綺麗なのに、でも誰からも必要とされてはいない。
 誰も彼を認めようとはしない。


 「当たり前だよね」


 少年が自嘲気味に、ぎこちない笑みと共にこぼした。
 笑うのが苦手なのか、けれどもそれが却って痛々しい。

 少年は白い右腕を眼前に翳すと、軽く眼を細めてから面に当てる。
 指先から覗く双眸は色もなく、能面のような無表情がそこに張り付いていた。
 それは哀しいのかどうかすらも読み取れないような、でも、泣いているには違いない奇妙な素顔だ。


 「だって僕がそう望んだんだ。僕の最初で最後のお願いだったんだ。どうかあの人に幸せが訪れますように、どうか僕を忘れてくれますように」


 願いは叶ったから、世界は今日も在り続けている。
 何もかも元通りになって、多分幸せで溢れている。
 今日も何処かで誰かが死んで、今日も何処かで誰かが生まれる。
 そして誰かは誰かと出会い、愛や憎しみを育んで一つになったり別れたり。

 そのことを評価して下らないとか、素敵だとか、でもやっぱり分からなくて不安になって。
 嘆いたり狂ったり、笑ったり泣いたり。

 でも多分、それでいいと思う。


 「神様…有難う」


 勝手な自己犠牲だけど、傲慢な偽善だけど。
 僕は僕が許されるために君を救いたかったんだよ。

 それがどれだけ罪深い行いだったとしても。


 「一日が終る」


 少年がそう呟いた。
 いつの間にか日が沈んでいた。

 赤い日差しも、今までいた筈の人影ももう見えない。


 「多分、下らないロマンチシズムだね。結局の所、そんなものが理由なら僕が僕を嘆く権利なんて無いんだよ──本当はね」


 刹那、残光が消え、闇が差した。






 特務機関NERVを知らぬものはいない。
 先の大戦に於ける、最も罪深き英雄たちの砦の事を。
 人類にとって未曾有の災厄を防ぐ為に、人類を脅かした愚かな存在として。
 それでも、結局は彼らが人類の救済者に違いなかったという事実と共に。

 しかしそれが真実であるかどうかを知っているものは多くない。
 そしてそれが真実ではないと知って尚、彼らを勇者と称えるものは更に希少であった。

 罪を犯した…特に知らずにその手を血に染めていたものならば尚更に。






 彼女は白い病室で膝を抱えて蹲っていた。
 美しかった筈の彼女も、今は痩せこけて見る影もない。
 ただ、瞳はいまだ生気を失ってはいなかったから、希望は皆無と言う訳ではないのかもしれない。

 包帯だらけの彼女はやり場のない憤りに身を震わせていた。
 泣きたい筈なのに泣き方を知らないから、代わりに何かを呪っているだけで、全ては所詮代償行為に過ぎないとは彼女自身知る術も無かったけれど。


 「何だってのよ…」


 何を言えば良いかは解らなかった。
 ベッドの脇に飾られている沢山の花束が妙に嫌らしくて、却って彼女を貶している様にも見えたから。

 英雄の病室に訪れる見舞い客は後を絶たないから。
 否定しようとすまいと、それが第三者にとっての都合のいい事実だから。


 「あたしは英雄じゃない。でも英雄なの。馬鹿みたいな理由で人を殺しておいて、でも、英雄なのよ。みんなに見て貰いたいから戦った。だから今みんなはあたしを称える──あたしが嫌だと言っても、眼を瞑っても聞こえてくるのよ」


 存在を消されたくないから叫んで、死にたくなかったから殺した。
 それらの全ては多分悪い事なんかじゃなくて、だからこそ訳が分からなくなる。
 結局自分が欲しかったのが何で、恐れていたのが何なのか。


 「捨てられるのはイヤ。でも、頑張れば頑張るほど、もっと頑張らなくちゃいけなくなって…性質の悪い、麻薬みたいね」


 気がついたら何もかも無くしていた。
 一番じゃなかったあの頃のほうが幸せだったような気がする。
 だからもうどうでも良くなってしまった。

 足掻き続けるのにも疲れた。
 称えられるのも、慰められるのももうイヤ。
 今すぐ死んでしまいたい。

 ──でも死ぬのはイヤ。


 「馬鹿みたい」


 誰もいない病室のベッドの上で、彼女は誰にともなく呟いていた。
 その意図も曖昧で、結局は何が言いたかったのかすら、自分では解らなかったけれど。






 窓の外には沈む夕日が山間に覗いていた。






 「…やれやれ、衒学的と言うべきか。浸るのもいいが問題の解決にはなっていないね、シンジ君。もっともらしいが、言ってることは至極ガキ臭い」


 ふと、佇んでいた少年──シンジの眼前に影が染み出してくると、美しい少女の声でそう言った。
 彼女は体重を感じさせない軽やかな仕草でその場に舞い降り、軽く居住まいを正してから年寄り臭く伸びをする。
 シンジは気づかれない様に苦笑した。

 それにつけても染み出した影は声に似つかわしく、とても美しかった。
 余りにも似合いすぎて溜息が出るほどだ。

 全身を黒で包み、背中まで届く長い髪も少々大きめの瞳も漆黒の彼女は言わば闇の女神といったところか。
 日が沈んだと同時に染み出してくる辺りが、演出ではないのなら一層相応しい。

 シンジはそれに特に驚いた風もなく、哀しげで優しげな独特の眼差しでそちらを一瞥すると、僅かに眉を顰めた後に視線を逸らす。

 影はどこか子供っぽいその仕草にけらけらと笑った。
 シンジはその彼女の反応に少しだけむっとしながら答える。


 「…どうせ僕はまだ子供です。千影さんとは違うんですよ」


 言葉の内容とは裏腹に、その声音は生意気なくらいに落ち着いていた。
 彼女もそうであるが、彼も見たままの年齢ではないのかも知れない。


 「ほう。すると君は私が年増だとでも言いたいのかね?」

 「今年でもう26兆2039億とんで2万6892歳でしょう?」


 答えて、シンジが冗談としか思えない問いを掛ける。
 しかし、彼女は否定しなかった。
 かわりに意味ありげに薄く笑みを浮かべると、何故か偉そうに、いや、勝ち誇ったかのように残念ながら平坦な胸を張る。


 「ふふ…だから何だというのかね?我々にそのようなものは一切意味が無い。我々は時間から切り離されている。だから然様な議論は不要だよ。その理屈で行けば君とてもう老人の域だ。だが君はまだ子供だ。そして世界はまだ停滞している」

 「…そうですね」


 揶揄するような彼女の──千影のもの言いに、シンジは諦めたように、疲れた溜息を吐いた。
 確かに議論は無意味だ…それは今更言うまでもなく彼は理解し尽くしてはいる。
 それは残念ながら千影の理屈を納得してのものではなく、もっと低次元で切実な理由からではあったが。

 まぁ、要するに、ぶっちゃけた話面倒だから。
 彼女の話は長くて複雑だ。
 こちらが理解できないのを解っていて無意味な言い回しで煙に巻こうとしてくる。
 シンジも最初の内こそ一々反応していたが、今ではすっかりどうでも良くなっていた。
 その辺りのシンジの成長というか何と言うか、そう言う変化が、千影にとってはやや面白くなく感ぜられるのは又別の話であるが。

 何はともあれ、適当な所で話を終えるのが一番いい。


 「でも、実の所…僕に迷いはもう殆どないんです。僕はこの劇場を破壊することに躊躇いなんてありませんし」


 意図的に話題を転換させたシンジの方をちらりと見遣り、千影はあからさまに不愉快そうに眉を顰めて見せるが反応は無かった。
 実際にはシンジとてそれほど余裕だったわけでも無いが、表面上は取り合えず変化はない。
 面白くは無かったが、別にそこまでして先程の話題を続けたかったわけではないので、彼女は諦めたように一つ息を吐き、腕を組んでから尊大に問うた。


 「しかし君は拘っているね。迷いは殆どないというが、少しはある訳だな?」

 「えぇ…問題はそこですね。僕はまだ彼女を諦めてはいない。出来ることなら奪ってこちら側に引き込んでしまいたい」

 「ならば奪えば良かろう」


 千影の声に呆れが多分に混じり始めた。
 まぁ、無理も無い。実はこの類の問答は、もうこれで十数年続いているのだから。
 如何に彼女らの時が緩やかに流れ、これから先も見えないほどに広大に広がっているにしても、矢張り呆れるものは呆れてしまう。

 いい加減にしてくれ。
 千影は心の底からそう思った。

 そんな彼女の心中を察せもし無いのか、或いは知りつつも惚けているのか、シンジは相変らず緊張感の無い口調でぬけぬけと言い放つ。


 「…それが出来ないから困っているのですがね。今のままで良いと、これが彼女には幸せと考える僕もいます。いえ、むしろそう言う気持ちの方が強い」

 「それで先程の独り言かね?やれやれ…難しいものだな、男は」

 「男だからと言うわけではありませんよ。千影さんがおかしいだけです」

 「随分な物言いだな。非常に不愉快だ」

 「事実ですから」


 嫌味たらしくもなく、シンジはさらりと言ってのけた。
 余りに気持ちのよい言種に、千影は却って感心したように「ふむ」と呟くと、顎に手をやって摩り始めた。
 少し年寄り臭いのは矢張り生きてきた年月の永さゆえか。
 その様に若干苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、ここで話をぶり返す必要もあるまいとシンジは言葉を飲み込んだ。

 彼としては本当は彼女にもっと相応しく振舞って欲しいと思っているのだが。
 何と言うか…その方が収まりがいい。それに、見ていて爽やかな気持ちになれるではないか。

 尤も、その考えが非常に身勝手な事に彼は気が付いてはいない。
 彼の方とて十二分に態度の改める余地はある。


 「つまり結論としては…君はこの世界を壊す必要性を理解してはくれた訳だ。ただ、彼女を消す積りはないと?」

 「と言うより、したくないんですよ。このまま消えるのも幸せかもしれませんが」

 「だから奪えばいいと言っているだろうに」

 「でもそれは彼女の意思じゃない」

 「君と彼女が意思疎通できない以上、一方的になるのは仕方が無い。大体これまで好き勝手しておいて、何故ここへ来て躊躇うのだね?行動が矛盾してはいないか?」


 彼女にはどうにも分からなかった。
 あのインパクトの折、シンジはとある少女から自分に関する記憶を消し去り、歴史を弄ってまでその彼女を幸せにしようとした。
 尤も、見た限り完全にそうとは思えないが、以前のもとの世界よりは確かにマシではある。
 その無理が祟って世界は今様々な矛盾を抱え、相当にガタが来ているので、一度リセットしてやり直す必要性が出てきたわけだが。

 何もかも消して最初からやり直すのはそれほど困難ではない。
 なのにシンジはグズグズと渋るのだ。そのとある少女の些細な幸福を守る為に。

 彼女の押し付けられた幸福とも思えない幸福など、どうして守る理由があると言うのだ。
 千影の見解で言えばそうとしか言えず、実際に何度もそうシンジに言い聞かせてもいるのだが。

 それを全く聞こうともしない。
 大体にして、シンジは自らの理屈の論拠すら説明しなかった。

 何時ものように曖昧に笑みを浮かべるシンジを見遣り、千影はわざとらしく溜息をついた。
 今日もまた話に進展は無かった。

 彼女がそう思い始めた刹那。


 「拘りですよ」


 渋い顔をしながらもシンジが始めてその先の言葉を紡いでいた。
 千影は驚きつつも、それよりも強い興味を持って返す。


 「拘り?」

 「えぇ──とても些細な」

 「ふむ?」

 「つまり、彼女は彼女です。この世界を消してしまったら、彼女はもう何処にもいない。彼女に良く似た彼女でない存在がそこにいるだけです」

 「…そう言うものかね」


 分かるようでいて、矢張り分からない。
 問題は、存在をハードで捉えるか、ソフトで捉えるかだが。
 確かにハードウェア的には彼女は別のものになってしまうかも知れない。
 けれども、彼女が彼女であるという情報の全ては彼女に受け継がれるのだから、問題はないと思うのだが。

 それを違うと言ってしまうのは、何とも陳腐な話ではないか。
 千影は結局堂々巡りの返答に落胆の溜息をついた。

 大体それが嫌ならば、彼女だけはリセットせずに連れて行けばいいと言うに、それでは彼女は人ではいられなくなると反論する。
 確かに新しい世界を作る際にその外にいたものは世界から切り離され、人では無くなるのかも知れないが…それこそ些末時であろう。

 全く…考えれば考えるほど、解らなくなる。


 「とにかく早く決めるがいいよ。どちらにせよ彼女には選ぶ自由などない。決めるのは全て君だからね」

 「…全く酷な話ですよ」

 「それが我等力無き神の代理人たる者の務めだ。諦めることだね」

 「ですが僕はまだ新米なんです。そうは言ってもやり切れませんよ」


 少し遠い眼をしてシンジは力なく呟きを洩らした。
 千影は内心、何が新米なものかと思いつつも、口に出しては別なことを言う。


 「なに。そのうち慣れるだろう」

 「怖れているのは、多分それなんですけどね…」


 相変らず、気持ちの通じない同僚に矢張り溜息をひとつ。
 空を見上げれば、それでも蒼くて遠くて、寂しい景色が広がっていた。




































 これからシンジの主観時間において100年後、外界において三ヵ月後。
 セカンドチルドレン惣流=アスカ=ラングレーの完治と同時に、世界は再び恐慌の渦へと叩き込まれることになった。

 新たなる使徒の再来である。
 種別としてはバルディエルに近く、人間の脳に寄生して宿主を乗っ取るそれは、戦略と戦術を弁え、その目的を単純に人類の殲滅に集中していた為に今までのものとは比べ物にならない位の損害を出した。

 その使徒は外面的にはコアを持たなかったために、使徒とは一線を画する別種の生命体と位置付けられ、レイシャル・パラサイト──RPと呼称されることになる。
 問題に対処する為、急遽NERVが再結成され、RP殲滅に当たるも爆発的増殖を繰り返す彼らには決定打となり得なかった。
 けれども、ATフィールドはATフィールドにしか破れない為に、それでも人類はEVAに頼らざるを得なかったのだ。

 人類は皮肉にも、ある意味において一致団結してEVAを造り続けた。
 12〜15歳までの少年少女にDNA検査を義務付け、時に強制的に徴兵した。
 某国では受精卵に遺伝子改造を施し、パイロットを人工的に生産しようとしていると言う噂まで出始めている。

 世界はゆっくりと狂っていく。
 戦局は段々と人類の不利に推移していく。

 人々がそれでも希望を捨てなかったのは、NERVの伝説をいまだに信じていたためであろうか。






 そしてそれから更に半年後──。

 世界はなおも破滅への道を歩み始めていた。



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後書き by LIE

P.S.
後から見返したら、最後の設定が微妙にガンパレっぽいですね。
因みに、関連性はゼロですので期待しないで下さい。

P.P.S.
妹姫って何ですか。兄くんは知りません。(笑)
感想のメールは[lie@cocoa.plala.or.jp]まで