私 桜野タズサはクリスマスと言うものが大嫌いだ。

と言ってもその日は何処を歩いてもカップルだらけだからというのが理由ではない。

顔の良い男との出会いが多いフィギュアスケーターであるにも関わらず彼氏はまだいないと言うのは事実だが……。

……って脱線したか。私がクリスマスが嫌いな理由は二つある。

一つ目の理由。それはクリスマスに限って嫌なことが起こるから。

3年前のクリスマスは街中でナンパされた挙句にバカにされ、口論をやらかした。

2年前のクリスマスにはニューヨークでドミニクと出会い口論し、手に持っていたソフトクリームを彼女の顔に炸裂させてしまった。しかもこの事件はマスコミに報道された。

本当にロクなことが起こらない。

二つ目の理由は『クリスマスには奇跡が起こる』という言葉があるからだ。

ハッキリ言って笑える言葉だ。

私は奇跡なんて信じていない。

奇跡とは起こらないから奇跡というのだから。

ってそんなことを人前で言ったら余計に嫌われるか。

私は元々嫌われ者だからあんまり気にしないが。

実際マスコミからは『史上最強のヒール』とか『氷上の魔女』って呼ばれてるし。


奇跡なんて信じていない。でも、もし……クリスマスに奇跡が起こるというのなら起こって欲しいとも思っている。

そう思うようになったのは……そう。あいつと別れてからだ。

あいつは本当に不思議な奴だった。自称幽霊でトマトが大の苦手で……でもとても優しい奴だった。

不安な時もプレッシャーに押しつぶされそうになった時もあいつがいたからやっていけたし、あいつと出会っていなかったらトリノ・オリンピックに行けなかったと思う。

そして、いつの間にか私はその自称幽霊が好きになっていた。

だが、その自称幽霊である彼は100日間しか私と一緒にいられないと言う制約に縛られていた。

出会ってから100日目……トリノ・オリンピックが終わって彼は私の前から消えた。

その時私は泣いた。と言っても悲しかったからではない。

素直に言えなかったら泣いた。

『好き』だと……。



だから、もし……奇跡が起こるのならもう一度だけ……一日だけでもいいからあいつに会いたい。

彼……ピート・パンプスに。





奇跡と言う名のクリスマスプレゼント





「ふぁ〜っ」

私は自分以外誰もいない家で溜め息をつく。

今日はクリスマス。恋人が要る人間には絶好のデート日よりだ。

そのせいかみんなそれぞれに約束しており家にいない。

ヨーコは彼氏とデートで高島コーチも奥さんの瞳さんと食事に出かけた。

ということで居候している高島コーチの家で唯一彼氏のいない私が留守番というわけになった。外に出たければ出てもいいと言われたがその気になれなかった。

つい先程親友であるミカに電話したが……先約があって無理だと言われた。

と言うことでヒマだ。ヒマでヒマでしょうがない。

それで、無気力に自分の部屋のベッドに寝転がる。だが、その時だった。

PURURURURU!!PURURURURU!!

ふいに携帯電話が鳴り出した。でも、取る気が起こらなかったので放っておいた。だが……

PURURURURU!!PURURURURU!!

相手は全然諦めていないのかプッシュ音は全然止まない。仕方が無いので私はここいらで電話に出ることにした。

Pi!!

「はい、もしもし桜野ですが……」

『あら、今年のクリスマスも一人みたいだね』

この声は……アイツだ。犬猿の仲であるアメリカのフィギュアスケーター ドミニク・ミラーだ。最悪だ。やっぱ出るんじゃなかった。

Pi!!

後悔してすぐ電話を切ってやった。だが……

PURURURURU!!PURURURURU!!

携帯電話は又鳴り始めた。

「はい……」

『まあ、お前のような貧相な東洋女を好きになる男なんていないからクリスマスでも……』

Pi!!

今度は最後まで聞かずに電話を切ってやった。だが……

PURURURURU!!PURURURURU!!

携帯電話は又鳴り始めた。しつこい。いい加減にして欲しい。

それで今度は携帯電話の電源を切ってやった。

「よし。これで悪霊退治完了っと」

私は安心して再度ベッドに寝転がる。だが、甘かった。

PURURURURU!!PURURURURU!!

今度は高島家の電話が鳴り始めた。

「……あいつ、まさか。この家の電話番号まで」

ここまで来たらもう感心するしかない。だが、もういい加減勘弁して欲しい。

「ふう……」

私は軽く溜め息をつく。

PURURURURU!!PURURURURU!!

私がそういている間にも高島家の電話は鳴り続ける。ハッキリ言ってもうウザイ。そして…

「やっぱ外に出よう……」

私はそう言ってコートを着替え外に出た。ドミニクからの電話を無視して……。



「はぁ……」

私は繁華街の中心で一人溜め息をつく。

何処を見てもカップルか家族連ればかりだからだ。

別に羨ましい訳ではないが、こう言う状況を見てるとやはり寂しくなる。だが、その時だった。

グゥ〜ッ!!

お腹が鳴ってまだ夕飯を食べていないことに気付く。

「ハンバーガーでも食べるか。クリスマスにしては寂しい気もするけど……カップルか家族連れでいっぱいのレストランよりはいいと思うから」

そう言ってバクド入った。

バクドに入って私はハンバーガーセットを頼み店内で食べることにした。

(確か三年前のクリスマスもハンバーガー食べてたな……)

私はハンバーガーを食べて三年前のクリスマスを思い出す。

(あの時は……この後にナンパされて口論になったな。でも、あの時あいつ等の中の一人に『どうせ、オリンピックなんて無理だって』と言われた時はショックだった。あいつ等の前では平気な顔をしていたが堪えた)

其処まで思い出してふとあのカナダ人幽霊の顔を思い浮かんだ。

(でも、あの後ピートが『気にするなよ』って励ましてくれた時は嬉しかった。だからこそ、ショックから立ち直れた。ちゃんとお礼言わなかったけど…)

私の回想は其処で終わる。そして、何時の間にかハンバーガーセットを全部食べ終わっていたことに気付きバクドから出ることにした。



バクドに出てから私はフィギュアの練習場であるクリスタルガーデンに行くことにした。

理由は急に滑りたくなったから。それと、今日の私は全然自分らしくないと思ったから。

普段の私は100億ドルの美貌を持つ美人で世界でも最上位クラスのフィギュアスケーター。まあ、マスコミに対しては色々と揉めたりしてるから色々言われたりすることも多いけどね。

でも、今日の私は弱い。いつもならマスコミや何処ぞの分からず屋にどんなことを言われても平気だが、今日はそれにも耐えられそうにない。

今日の私はそれくらい弱い。そう、まるで王子様と出会う前のシンデレラと同じくらい弱い……。

そう思っているうちにクリスタルガーデンに着く。もう営業時間でない為電気はついておらず真っ暗で、人も少数の警備員しかいない。

そこで私はクリスタルガーデン裏の警備員室に行き1時間だけアイスリンクを開放してもらった。その代償に後でサインを書くことになったが…。

そして、私はスケート靴に履き替えてアイスリンクに立つ。電気はついているが自分以外は誰もいないので幻想的な感じがした。そして、数秒後……私は滑り始めた。フリースケーティング用の曲はないので、頭の中で音楽をかけることにする。

まずは片足で滑るスネーク。フィギュアスケートのステップにおける、初歩の技だが最初にはふさわしい。

そして、身体が温まったところでトリプルフリップ!!

危うく転倒しそうになるが、ギリギリの所で着地成功。

「よしっ!!」

そして、勢いがついた所でダブルトゥループへと繋げてコンビネーションジャンプに挑む!!

今度は余裕で成功。次は…スピンだ!!

まずはキャメルスピン。次にシットスピン。最後にスタンドスピンへのコンビネーションだ!!

これはもう慣れているので難なく成功する。絶好調だ。

だが、まだいつもの自分に戻っていない気がする。そこで、そんな気分を払拭させる為にあの技に挑戦することにした。それは……クワドラブルアクセル。俗に言う四回転半だ。

女子のフィギュアではトリプルアクセル……三回転半が成功しても騒がれる世界であるのでこれは無謀と言っても良い挑戦だ。しかも、男子フィギュアでもクワドラブルアクセルを完璧に成功させた人はまだ存在しないという大技だ。だが、挑戦する。今の自分をどうしても吹き飛ばしたかったから。

そう決心した私はダッシュするかの用にスピードを上げて滑る。そして、勢いがついた所でいつもより高く跳び回転する。

1…2…3……4……4.5……よしっ、回りきった!!だが……

回り切った所で急速にバランスが崩れる!!

「しまった!!」

私はそう叫んだがもう遅く……


ズデッ!!


そのまま転倒した。



それから一時間後……

「はぁ……やっぱ無謀だったか」

私は公園のベンチで一時間前のクワドラブルアクセルを思い出して溜め息をつく。

ピートと一緒にいた時はクワドラブルアクセルどころかトリプルアクセルすら無理だった。でも、今はトリプルアクセルはできる。もし、ピートがまだいるとしたら……私のトリプルアクセルを見て欲しいと思う。

だが、それは無理な望みだ。あいつはもういないから。

でも……会いたい。凄く会いたい。

もし、クリスマスに奇跡が起こるというのなら……起こって欲しい。

クリスマスの間だけでもいいから……ピートに会いたい。

そして、自分の想いを伝えたい。

やっと分かった。何故、今日の私は自分らしくないのか……。

私がクリスマスである今日 奇跡を望んでいるから。そして、ピートに会いたいと思っているから。

そして、私はその思いを抑えきれなくなり……


「ピート!!今日くらいは戻ってきなさいよ!!」


自分以外誰もいない公園で叫んだ。

こんなことをしてもピートは戻ってこない。それは分かってる。でも、叫ばずにはいられなかった。だが、その時……

「もう、戻ってるよ」

後ろからピートの声が聞こえた。

「えっ!?」

私は慌てて後ろを振り向く。其処には……灰色のコートを着たピート……ピート・パンプスが立っていた。

「タズサ、お久し振り。そして……ただいま」

ピートは笑顔で挨拶する。そんな彼に私は……

「遅いわよ、バカ!!何でもっと早く戻って来なかったのよ!!」

泣きながら言った。でも、この涙は嬉し涙。そう。ピートが私の元に戻って来たことへの嬉し涙だ。そんな私を見てピートは少し驚くが…

「ごめん」

とすぐに謝った。



それから数分後、私はやっと落ち着いた。そして、ピートの方から話を切り出す。

「タズサ、今になって言うけど……実は、僕死んでなかったんだ」

「えっ!?それ、どういうこと?」

「君に初めて会った時に落雷で死んだって説明したけど……それは間違いで一時的に幽体離脱していただけだったんだ。まあ、こんなケースは世界中引っくるめても100年に一人も居ないって周りから言われたけど」

ピートの言葉に私は唖然となる。だが、すぐに元に戻り質問することにした。

「じゃあ、何でそうならそうと私に連絡してくれなかったのよ?そうならそうで手紙の一つくらい送ってくれてもいいじゃいの!!」

私の言葉を聞いてピートの顔は少し暗くなる。

「本当はそうしたかった。でも、できなかった。元に戻ったのは良かったけど、それと同時に幽体離脱した時のこと……君との思い出を全て忘れていたから出来なかったんだ」

「……。」

私はピートのその言葉に何も言えなくなる。そして…

「ごめんなさい、貴方の気持ちも考えずに……。」

と素直に謝った。

「でも、2年前のペア・プログラムでの君の演技を見てやっと思い出したんだ。君との思い出を……。そして、君に会いたいと思った。でも、それと同時に君のその時のパートナーであるオスカーを見てこう思ったんだ。僕が君に会ったら二人を仲を壊してしまう。だから、君の前に姿を現すのは止めようと。」

私はその言葉を聞いて少し考える。そして……

「ぷっ……あはははははっ」

思いっきり笑ってやった。

「な……何がおかしいんだよ?」

ピートは驚きを隠さずに質問する。

「だって、貴方が私とオスカーの関係をそういう風に見ていたから……それがおかしくて……。」

「えっ!?二人とも恋人とかじゃないの?」

「違うわよ。確かにペアは組んだけど……私達はそんな関係じゃないわよ」

「でも、フィギュアスケーターの恋ってペアを組んでから始まるものじゃないの?」

「そんなマンガみたいなこと……いつもあると思う?」

「思わないけど……」

ピートは顔を真っ赤にして言う。

「でも、貴方がオスカーに焼き餅焼くとはね……。これは意外だったわ。あははははっ」

私のその言葉を聞いてピートの顔はますます赤くなった。そして……

「だって、それは……。僕は君のことが……」

「君のことが……?」

「好きだから」

告白した。そして、ピートの告白に私は……

「私も貴方のことが好きよ。三年前から」

笑顔で告白した。それに対してピートは……

「ええっ!?」

と驚くがすぐに我に還る。

「タズサ……僕なんかでいいの?僕はトマトが苦手でオスカーと比べても全然頼りにならない男なのに?」

私はピートのその言葉を聞いてコクリと頷く。

「ええ。確かに貴方はトマトが苦手でオスカーと比べても全然頼りにならないけど……とても優しい人だから。それに貴方も私なんかでいいの?性悪で自意識過剰でマスコミとかを敵に廻してる女なんかで?」

ピートは私のその言葉にコクリと頷く。

「うん。確かにタズサは性悪だし自意識過剰だし素直じゃない娘だけど……本当はとても優しい娘だから。あの時……トリノ・オリンピックが終わってから別れる時に……僕の為に泣いてくれた人だから」

ピートはそう言って私をギュッと抱きしめる。そして……

「今まで心配かけてごめん。これからは君と一緒にいるよ。だから、これからもよろしく」

と言った。そのピートの言葉に対して私は……

「バカ!!それは私の台詞よ。こちらこそ、これからもよろしく」

と照れながら言った。



『クリスマスには奇跡が起こる』

この言葉は本当だと今では思う。

それは……もう会えないと思っていたピートと再会できたから。本当に奇跡は起こったから。それも最高の形で……。

そして、もし神様がいると言うのならこう言いたい。

「奇跡と言う名のクリスマスプレゼントをありがとう」と。


〜Fin〜


あとがき

「どうも菩提樹です。クリスマス用のSSですが、今回は「銀盤カレイドスコープ」でいきました。どうでしたかね?と言いましても「銀盤カレイドスコープ」のSSを書くのは初めてですので自信がありません。でも、書いてみて結構大変でした。私はフィギュアの技をあまり良く知りませんから。なので、このSSを書く際にフィギュアものの少年漫画「ブリザードアクセル」等を参考にしてみました。でも、このHPを見に来る人で「銀盤カレイドスコープ」の原作を知ってる人っているんですかね?それも不安です。でも、実際TVアニメにもなってるしプロのフィギュアスケーターである浅田舞さんも読んでるという小説ですのでまだ読んだことはない人は是非読んでみて下さい。
そして、今回はタズサ×ピートでいきました。この二人が結ばれる確率は原作では低そうでしたので私自身の希望を元にして書いてみました。」